春が来ると、なんとなく思い出すのがかつて働いていた出版社の編集部。
その部署は忙しさのあまり、新人からベテランまで、体を壊す人も続出でした。
理由は、その部の雑誌作りがとてもシビアだったから。
毎月何十万部も発行する会社の看板雑誌だったので、部数を落としてはいけないとみんな必死でした。
売り上げは好調で社内的には評価も高かったのに、編集部はみんなとにかく必死。
いいものができて良かったと喜び合うのは、
雑誌が刷り上がって机に配られたあとのほんの数分程度。
すぐに、また日常の仕事に戻っていました。
特に怖かったのが編集長の存在。
とてもきめ細かく仕事を見る、自分にも他人にも厳しい人でした。私は打ち合わせを繰り返してはダメ出しをされ、ラフを何度も書き直し、
撮影のスタッフセッティングで胃がキリキリし、
取材、撮影と終わるとデザインに回してやっと入稿へ。
赤字で真っ赤になった校了紙と格闘して朝方になんとか校了、
かと思ったら、帰ってシャワーを浴びたら数時間後には出勤し、
次の撮影の仕込み作業に戻る。
ヘコむ余裕すらない毎日でした。
当時20代の私は編集者の新人としてその部署に入ったので、
編集長は特に私を基礎から鍛えてくれたんだと、今ならよくわかります。
でも、そんなとき、当の本人はただただツラい、苦しいとしか感じられない。
あー会社行きたくない!とやけになって飲んだり、
ふてくされて仲間にブツブツ文句を言ったりの毎日で、
その日々が、あとで自分にとってどんなに貴重な宝物になるかなんて想像もできない。
いつも、あー今日も明日も明後日もつらいなー、大変だなーとしか感じられなかったから、
その時の厳しさが、未来の自分にとってどんなに有り難いものになるかなんて、
想像もできないわけです。
でも、今、しみじみ思います。
編集長、あの頃は厳しい時間をどうもありがとうございました。
あんなに面倒な新人に、毎日本気で怒って、何度もダメ出ししてくれて、
打ち合わせも、入稿も、校了も、とことん付き合ってくれて。
怒るって、とてもエネルギーを使います。
私もそのあと職場で後輩を教えたり、子供を育てるようになって、
しみじみ実感しています。
怒るって、面倒くさい。
怒るって、根気がいる。怒るって、正直疲れる。
怒るって、後味悪い。
怒ってる自分は他人から見れば間違いなく怖いし、美しくないし、実際顔に無駄なシワも増える。
そりゃ損することばっかりです。
だから、相手を本気で思う気持ちがなければまず怒らない。怒れない。
あらら、と思っても放っておいてしまいます。
しかも怒るって相手に嫌われこそすれ好かれることではないから、悲しい気持ちになる。
怒らせないでくれよ!と怒ったあとに怒りたくなる。
私が娘を叱るときなんぞは「お母さんを怒らせないでね!」と怒っていたりします。
娘にとっては意味不明かもしれませんが。
だって本当は、母は娘を褒めまくりたいわけですから。
そんな面倒で大変な、怒るエネルギーを編集長が私に向けてくれていたことを、
今は有り難く感じます。あの頃は、自分にとってとてつもなく贅沢な時間だったんだなあ、と思うのです。
だから編集長、
あなたは私にとって忘れられない人です。今の自分の仕事の仕方の基礎は、あなたに怒られてできたものです。
本気で私を懸命に怒ってくれたあなたを、
なぜかこの春の季節になると思い出します。
あんなにイヤだと思っていた日々を、
ちょっと懐かしく思うのです。
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